たまには恋の話も悪くない

JRの脱線事故でお亡くなりになった方々にご冥福を祈ります。

免罪符を手に入れたので、早速。
ここ一週間、ニュースは事故の話で持ちきりですね。で、遺族の方々のおっしゃる事がニュースで流されていました。色々おっしゃられていましたが思わず、馬鹿じゃないか、と思ってしまったのです。JRの対応に怒りを感じている方がいらっしゃいましたが、だったらどんな対応だったら満足するのでしょう?身内が死んでいる以上、満足するなんて有り得ないですよね。それなのに、気に入らない事があるとJRを批判してます。事故の批判ならわかるのですが、事故後の対応への批判は筋違いであると感じました。例えば、ある女性の遺族の方が「JRはすいませんと言うだけで・・・」と批判してましたが、いち職員が謝る以外に何ができるでしょう。ただ素直に謝るという謝罪方法は悪くないと思うんですが。

そもそも私は、遺族の様子を見て嫌悪感を感じてしまったので、批判的に見ちゃったんですよね〜。ああいう風に感情が爆発している人って嫌いなんですよ、思考停止して自分本位に全てを見ている人って。(言い訳)
同情するのが普通なんでしょうけど、求められている同情が幼稚だと思うんですよ。自我が確立していない子供は自分と他人の感情を混同してしまい、簡単にもらい泣きしたり、他人の怪我を見て痛がったりします。(そういえば中学生の時、友達でいました。人が注射されている姿を見て、「痛い痛い」と言う奴。)自分と他人の区別が出来ていない事による同情は条件反射的な行動で、本当に相手が可哀想と感じているのではないと思うのです。
真なる同情には相手の立場を想像して自分に置き換えて考えるという冷静な心、分析力が必要だと思うのです。で、やってみたのですが、やっぱり感情を爆発させている人の側には立てませんでした。去年親しくしていた祖父が突然亡くなったのですが、あまり悲しくありませんでした。(じいちゃんごめん)私は人が死ぬ事を当然の事と受け止めるみたいです。
というわけで、単に相手の気持ちに同調することは人として恥ずかしいことだと私は思っています。私に真なる同情が実現できるかどうか分からないですが。

と、本日は春らしく恋の話でした。いいですね恋の話。